私の第二の故郷、東京



1989年、30歳を過ぎた私は、東京行きの飛行機に乗り込みました。

当時、「30代での留学」はまだ珍しい選択でした。

多くの人に心配されましたが、私は新しい人生をスタートさせたかったのです。

そうして始まった東京での生活は、10年という長い時間続いていきました。


結婚と同時に、

新婚生活と日本での暮らしが始まりました。 

不慣れな土地で、私たちは互いにとって一番の 心の支えでした。

アルバイトをしながら小さなアパートで始めた新婚生活は、

今振り返っても本当に愛おしく、大切な思い出です。週末になると

近くのスーパーへ一緒に買い物に行き、

家で韓国料理を作って食べながら故郷への思いを馳せました。


一番記憶に残っているのは、

第一子が東京で生まれた瞬間です。 

病院の廊下で待っていたときの震えるような緊張感、

我が子の産声を初めて聞いたときの胸がいっぱいになるほどの感動。

日本で生まれましたが、私たち夫婦は子供に韓国語を教え、

韓国の文化も伝えようと努力しました。

すくすくと育つ子供の姿を見ながら、

ここが私たち家族の、もう一つの故郷なんだ」と強く感じました。




東京の日常は、

温かくも緻密(ちみつ)でした。 

毎朝行き交う人々の静かな挨拶、季節ごとに移り変わる街の風景、

特に桜が満開になる春と、紅葉に染まる秋は格別に美しかったです。


留学生活の中で、

日本の方々の誠実さや気配りを多く学びました。

もちろん、言葉や文化の壁にぶつかり、

苦労した瞬間もたくさんありました。

それでも、妻が隣にいてくれたから、そして大切な家族ができたからこそ、

乗り越えることができたのです.



10年の歳月を経て、

東京は私にとって第二の故郷となりました。

その地で愛し合い、子供を授かり、一つの家族として成長しました。

韓国に戻った今でも、

時折、東京の街並みを夢の中で歩いています。

賑やかな渋谷、静かな住宅街、子供を抱いて散歩した公園まで。

誰かに「遅い年齢で日本での生活を始めたことを後悔していないか」

と聞かれたら、

私は迷わずこう答えます。


「あの10年があったからこそ、

今の私があり、私たちの家族がいるのだ」と。


東京は単なる留学先ではなく、

私の人生における重要な一章であり、永遠の故郷のような場所です。

いつか家族と一緒に再びあの地に足を踏み入れ、

「ただいま」と言いたいです。



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