近くて遠い国、日本 ― 30年ぶりに振り返る私たちの隣人

 


1990年代から10年間、東京で暮らした。

韓国から飛行機でわずか2時間余り。言葉はどこか似ているようで違い、顔つきは同じでも抱く情緒は微妙に異なる国。日本は私にとって、まさに「近くて遠い国」だった。


最初は文化的なショックも大きかった。

韓国のように賑やかではなく、誰もが静かに列に並び、不快な感情をむやみに表に出さない。しかし、時間が経つにつれ、その「静けさ」こそが相手への配慮なのだと気づかされた。


地下鉄で大きな声で通話しないこと、ゴミを徹底的に分別すること、約束の時間を正確に守ること。こうした小さな習慣が、社会を円滑に回しているのだ。




                       一方で、韓国には「情(ジョン)」があり、感情を率直に表現する。                        時にはその熱さが、日本人には少し負担に感じられることもある。


国際結婚が多いのも、似た外見と情緒の近さゆえに惹かれ合うからだろう。しかし、生活様式や価値観の違いを乗り越えるには相応の努力が必要だ。


妻と私のように韓国人同士の夫婦であっても、日本社会に溶け込むまでには決して小さくない苦労があった。


今でも日韓関係は、政治的には距離が縮まったり離れたりを繰り返している。


だが、人と人との付き合いは違う。

東京で出会った日本の友人たちとは今でも連絡を取り合っているし、彼らは韓国ドラマやK-POPを楽しんでいる。


韓国の若者たちも日本への旅行を愛し、日本の食や文化を消費している。


この「近くて遠い国」と、私たちはこのままでいいのだろうか。


私は、こう思う。政治や外交は政府に任せ、私たちは互いの文化をより深く理解しようと努力を続ければいいのだと。




いつか私も、日韓の架け橋として少しでも役に立ちたい。 


私のように実際に現地で暮らした経験を持つ人間が、小さな懸け橋になれるのではないだろうか。30年が経った今も、日本は私にとって「第二の故郷」として心に刻まれている。



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