AIが絵を描く時代、人間の「趣味」はなくなるのか? AIは私の趣味を奪わなかった。むしろ、もう一度返してくれた。
AIが人間よりも速く絵を生み出す時代になっても、私たちは絵を描きたいと思い続けるのでしょうか。
私自身、最初は少し戸惑いました。
絵とは、長い時間をかけて練習し、自分の手で線を引き、少しずつ色を重ねながら完成させていくものだと思っていたからです。
ところが、実際にAIと一緒に絵をつくるようになって、私の考えは変わりました。
AIは私の趣味を消したのではありません。
むしろ、ずっと前に手放していた絵を、もう一度私の日常に戻してくれたのです。
※この記事で紹介している作品は、すべて Plus Alpha · B.Kim がAIとともに制作した作品です。
かつて、絵は私の暮らしの大切な一部でした
私は昔から絵を描くことが好きで、日本でデザインを学んだ経験もあります。
頭の中にあるものを想像し、それを色や形にしていく時間が好きでした。
けれど、人生が忙しくなるにつれて、絵は少しずつ日常から遠ざかっていきました。
仕事をし、家族との生活を送り、新しい環境に適応していくうちに、心のどこかには残っていても、もう一度絵に向き合うことは簡単ではなくなっていました。
いつの間にか絵は、
「今楽しんでいる趣味」ではなく、「昔好きだったこと」
になっていたのです。
そんな私が出会ったのが、AIによる画像生成でした。
最初はただ「すごいな」と思っただけでした。
ところが、自分が表現したい雰囲気や色、人物の表情、背景、光について一つひとつ考え、それを言葉にしていくうちに、忘れていた創作の感覚が少しずつ目を覚ましていきました。
AIが描いたのに、なぜ「自分の作品」だと感じるのか
AIで作品をつくっていると言うと、こんな疑問を持つ人もいるでしょう。
「AIが描いたのなら、本当にあなたの作品と言えるのですか?」
とても大切な問いだと思います。
確かに、実際に画像を生成するのはAIです。
しかし、何を描くのかを決める人、どんな雰囲気にするのかを考える人、数多くの結果から一枚を選び、何度も修正を重ねる人は、今のところ人間です。
同じAIを使っても、誰もが同じ作品をつくらないのは、そのためでしょう。
私は作品をつくるとき、単に「美しい女性を描いて」と指示するわけではありません。
どんな表情なのか。
光はどこから差しているのか。
その絵を見た人に、どんな感情が残ってほしいのか。
色が華やかすぎないか、人物が完璧すぎて人間らしさを失っていないか。
何度も考え、直します。
そこには、自分が生きてきた経験や好み、そして今伝えたい気持ちが入っていきます。
AIは私に「手」を貸してくれました。
けれど、その絵を生み出そうと思った「心」は私自身のものです。
趣味の価値は「完成した作品」だけにあるのではない
私たちは、つい趣味まで「上手・下手」で評価してしまいます。
どれほど上手に絵を描けるのか。
どれほど美しい写真を撮れるのか。
どれほど完成度の高い文章を書けるのか。
けれど、本来の趣味の価値は、結果だけではないはずです。
何かに夢中になる時間。
新しいことを覚える喜び。
心の中にあったものを、自分なりの形で外に出してみること。
そんな時間そのものが、毎日の暮らしを少し豊かにしてくれます。
AIは、その入り口を少し低くしてくれました。
以前のように自由に手を動かせなくなった人も、長い間絵から離れていた人も、自分の中に眠っていた想像をもう一度形にできるようになりました。
そう考えると、技術は趣味を奪うものではなく、新しい一歩を踏み出すきっかけにもなり得るのではないでしょうか。
人間の創作は「完璧さ」ではなく「経験」から生まれる
AIは膨大な数の画像を学習し、驚くほど速く新しいイメージを生み出します。
しかしAIには、子どもの頃の記憶も、知らない国で暮らしたときの寂しさも、長い間胸の奥にしまってきた夢もありません。
人の創作には、その人が生きてきた時間が入ります。
私は韓国で生まれ、日本で学び、その後カナダで長い時間を過ごしてきました。
そうした経験も、自分では意識しないうちに作品の色や空気感に入り込んでいるのかもしれません。
誰かにとっては一枚の人物画でも、私にとっては、これまで歩いてきた時間と今の気持ちを残した一枚です。
だからこそAI時代に大切になるのは、技術をどれだけ上手に操れるかだけではないと思います。
私は何を表現したいのか。
なぜ、この絵をつくりたいのか。
この作品に、どんな物語を残したいのか。
その答えを持っているのは、やはり人間なのだと思います。
絵が、もう一度私の日常に戻ってきました
最近、私はAIと一緒につくった作品をブログの**「心の休息ギャラリー」**で紹介しています。
一枚の絵と短い文章を通して、誰かがほんの少し立ち止まり、心を休められる場所になればと思っているからです。
以前の絵は、私個人の趣味でした。
今では作品をつくり、タイトルを考え、そこに込めた思いを文章として残し、それを誰かと分かち合うようになりました。
趣味が「自分だけの楽しみ」から、誰かの心にも届く小さなコンテンツへと変わったのです。
AIが私に新しい趣味を与えたわけではありません。
私の中で長い間眠っていた「つくりたい」という気持ちを、もう一度起こしてくれたのです。
人間の趣味は、なくならない
カメラが登場しても、絵画はなくなりませんでした。
コンピューターが登場しても、人は文章を書くことをやめませんでした。
新しい技術が現れるたびに表現の方法は変わってきましたが、何かをつくりたいという人間の気持ちはなくなりませんでした。
AIの時代も、きっと同じでしょう。
ある人は自分の手で絵を描き、ある人はカメラを持って写真を撮る。
そして別の誰かはAIと対話しながら、頭の中にあった世界を一枚の画像にしていくでしょう。
大切なのは、
「どんな道具を使ったか」ではなく、
「その道具を使って何を表現したのか」
ではないでしょうか。
🌿 Plus Alpha
AIが、私の代わりに人生を生きてくれるわけではありません。
ただ、ずっと前に止まっていた私の心を、もう一度動かしてくれました。
趣味は、上手でなければ意味がないものではありません。
もう一度何かを始めるきっかけになり、昨日より少し今日を楽しみにできて、そして誰かと気持ちを分かち合える。
それだけでも十分ではないでしょうか。
AIが絵を描く時代になっても、人間の趣味はなくならないと思います。
むしろ私たちは、新しい技術を通して、いつの間にか忘れていた自分自身にもう一度出会えるのかもしれません。
あなたにも、昔は好きだったのに、いつの間にか遠ざかってしまった趣味はありませんか?
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