日本で10年暮らして学んだ「備える文化」|地震は怖い、それでも日常からできる防災


日本で暮らして学んだ日常の中で災害に備える防災文化


1989年、日本へ留学したばかりの頃のことです。

教室で初めて地震の避難訓練に参加しました。

先生の指示を聞きながら身を守り、避難経路を確認する。

当時の私には、少し不思議な光景でした。

地震をほとんど経験したことがなかった私は、

「ここまで何度も訓練する必要があるのだろうか?」

と正直、思っていました。

ところが日本で暮らす時間が長くなるにつれて、その考えは少しずつ変わっていきました。

訓練は、地震を怖がるために行うものではなかったのです。

いざというとき、怖くても身体が動けるようにするための準備だった。

そのことを、私は日本での生活を通して学びました。


地震が来た瞬間、頭では分かっていても怖い

日本で暮らした約10年間、私は何度か地震を経験しました。

家にいると、照明がゆっくり揺れ始める。

テレビや家具が揺れる。

「あ、地震だ」

と分かった瞬間、最初の頃は胸が締めつけられるほど怖く感じたものです。

ところが周囲の日本人を見ると、私とは少し違いました。

もちろん怖くないわけではないでしょう。

それでも家具から離れ、状況を確認し、落ち着いて行動する人が多かったことを覚えています。

私もそんな姿を見ながら、少しずつ行動を覚えていきました。

気象庁も、緊急地震速報を見聞きしてから強い揺れが来るまでには数秒から数十秒しかない場合があり、基本は周囲の状況に応じて慌てず、まず身の安全を確保することだとしています.

つまり、地震が起きてから初めて考えるのでは遅いことがあります。

知識だけではなく、普段から身体で覚えておく。

昔、私が少し不思議に思った避難訓練には、そんな意味があったのだと思います。


1989年の日本留学時代に初めて地震避難訓練を経験した記憶

「備える文化」は、一日では生まれない

日本で暮らしていて印象的だったのは、防災が特別なイベントだけではなかったことです。

学校で避難訓練をする。

地域で避難場所を確認する。

家には非常用のものを準備する。

家具が倒れないように考える。

家族で「もしものとき」を話す。

こうした小さな行動が、日常生活の中に入っています。

2026年の内閣府「防災白書」でも、住宅の耐震化、家具の固定、家庭での備蓄、避難場所や避難経路の確認などを、日常生活の中で取り組む基本的な備えとして挙げています.

これは、私が日本で暮らしながら感じたこととも重なります。

防災は、災害が起きた日のためだけに存在するのではない。

何も起きていない日に何をしておくか。

そこに大きな意味があるのでしょう。


では、家庭では何を備えておけばいい?

難しく考える必要はありません。

まずは暮らしの中で、一つずつ確認することから始められます。

① 家具が倒れないか確認する

大きな地震では、家具の転倒や物の落下そのものが危険になります。

内閣府は家具・家電の固定や配置を見直し、家の中に**「安全空間」**をつくることを勧めています.

② 水・食料・生活必需品を備える

2026年度の内閣府「防災週間」では、食料や飲料水、携帯・簡易トイレ、トイレットペーパーなどを最低3日、できれば1週間程度備蓄することが示されています.

全部を一度に買う必要はありません。

普段使う食品や水を少し多めに置き、使った分を補充していく方法なら日常にも取り入れやすいでしょう。

③ 避難場所と避難経路を確認する

非常持ち出し袋を用意していても、

「どこへ逃げるのか」

が分からなければ困ります。

自宅だけではなく、職場やよく行く場所についても、避難場所や経路を一度確認しておくことが大切です.

④ 家族との連絡方法を決めておく

災害は、家族全員が一緒にいるときに起きるとは限りません。

内閣府の減災指針にも**「家族で防災会議」**が含まれています.

「連絡できなかったらどうする?」

「どこで待ち合わせる?」

一度話しておくだけでも違います。


家具固定備蓄避難場所家族の連絡を日常で確認する4つの防災準備

「備えること」は、不安になることではない

日本で学んだことの中で、今でも私の中に残っているのはこれです。

備えることは、不安になることではありません。

災害のことばかり考えて暮らす、という意味ではありません。

むしろ逆です。

家族を守るため。

大切な人を守るため。

そして何かが起きたとき、自分自身が少しでも落ち着いて行動するため。

何も起きていない今だからできることを、少しずつやっておく。

それが「備える」ということなのだと思います。

日本での暮らしを通して、私はそう考えるようになりました。


災害への備えを不安ではなく大切な日常を守る安心として考えるイメージ

災害は違っても、「備える」という考え方は同じ

現在、私はカナダで暮らしています。

日本では地震を強く意識しましたが、カナダに来るとまた違う自然災害があります。

山火事。

煙による大気汚染。

猛暑。

厳しい冬の嵐。

先日書いたカナダの山火事の記事でも、遠くで発生した火災の煙がトロントまで届き、窓を閉める、AQHIを確認する、外での運動を調整するといったことが日常の備えになると感じました。

国が変われば、備えるものも変わります。

でも、

「起きてから考えるのではなく、起きる前に少し考えておく」

という基本は同じなのかもしれません。

そして韓国についても、今回の滞在で改めて考えさせられることがありました。

東海岸を通ったとき、山火事が通り過ぎたあとの山を目にしたからです。

火はもう見えない。

それでも山には、火がそこを通ったことが分かる痕跡が残っていました。

その景色を見ながら、

災害は終わったあとにも、長く何かを残すのだ

と感じました。

ただ、この話はここで詳しく書かないことにします。

日本の地震、韓国で見た山火事の跡、カナダで経験した煙。

三つの国で暮らしてきたからこそ見えてきた**「備え方の違いと共通点」**について、改めて一つの記事にしてみたいと思っています。


日本の地震韓国の山火事カナダの煙から3カ国の防災を考えるイメージ

防災は「物を買うこと」だけではない

防災というと、

水。

非常食。

懐中電灯。

防災バッグ。

そんな「物」を思い浮かべがちです。

もちろん大切です。

でも日本で暮らして感じたのは、防災にはもう一つの側面があるということでした。

避難場所を知っている。

警報を聞いたらどう動くか知っている。

家族と話している。

近所の人と顔を合わせている。

訓練を経験している。

内閣府も、防災を**「自助」だけでなく「共助」や地域とのつながり**まで含めて考えています.

防災バッグを準備することも大切。
でも、本当に人を守るのは「物+知識+行動+つながり」なのかもしれません。

この視点は、これから年齢を重ねていく私たちにとっても大切だと思います。


最後に|「いつか」ではなく、今日一つだけ

災害について考えると、話が大きすぎて、

「何から始めればいいのだろう」

と思ってしまいます。

だから全部やろうとしなくてもいい。

今日、水の備蓄を確認する。

明日、家具を一つ確認する。

家族と避難場所について話してみる。

スマートフォンの防災情報を確認する。

一つでいいのです。

1989年、日本に来たばかりの私は、

「なぜ、ここまで訓練するのだろう?」

と思っていました。

それから日本で約10年暮らし、今はカナダで生活しています。

時間が経った今なら、その答えが少し分かります。

備えとは、災害を怖がりながら生きることではない。
何かが起きても、大切な日常へ戻ってこられるように準備しておくこと。

日本で学んだ**「備える文化」**は、国を離れた今も、私の暮らしの中に残っています。


防災によって守りたい穏やかで何気ない日本の日常生活


For You Plus Alpha

「備える」は、不安を増やすためではなく、
未来の安心を少しずつ増やすためにある。


よくある質問

Q. 地震への備えは、まず何から始めればいいですか?

まず自宅の安全を確認し、家具の固定、備蓄、避難場所・避難経路の確認など、できることから始めるのが現実的です。内閣府もこれらを日常の基本的な備えとして挙げています.

Q. 食料や水は何日分必要ですか?

日本の内閣府は、最低3日分、できれば1週間程度の食料・飲料水や生活必需品の備蓄を呼びかけています.

Q. 緊急地震速報が来たら、まず何をすればいいですか?

気象庁は、周囲の状況に応じて慌てず、まず身の安全を確保することを基本としています。速報から強い揺れまでは数秒~数十秒しかない場合があります.

Q. 防災訓練は本当に役立ちますか?

実際の地震では考える時間が非常に短いため、事前に身を守る行動を練習しておく意味があります。気象庁も緊急地震速報を使った訓練を提供しています.


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